エサレンマッサージ合宿ストーリー

sheepwind

エサレンマッサージの始まり

2000年6月。エサレンマッサージの“Japan トレーニング”(第2期)がスタートしました。(1999年が第1期でした)エサレンマッサージを、初めて日本に取り入れた方が、現地の先生との長年の交流を経て実現した、日本人にも受けやすいようにプログラムされた合宿です。

1ヶ月150時間のパートが3つに分かれていて、パート1とパート2は、岩手県花巻市で、パート3は、エサレン研究所でのトレーニングになります。
教えてくださるのは、エサレン研究所で長年、第一線で活躍されているベテランの先生お二人です。

その時、わたしはカルフォルニアに滞在していたのですが、日本まで逆に通って参加しました。そしてパート3だけは、現地での集合でした。
当時、長期で家を空けられなかったので、この3つに分かれたプログラムとタイミングは正直とても助かりました。何故なら、子どもたちの夏休みに日本での合宿があったからです。

始まる前からの緊張

花巻に行く時、夕方に成田に着いてその日はホテルに泊まり、次の日の朝早くに東北新幹線で花巻に行きます。

元来、飛行機の中では熟睡できない性質なので、ほとんど徹夜状態でその日はホテルに泊まったのです。
にもかかわらず、ホテルでも寝られない・・・
朝早くに、花巻まで行きましたが、その日の晩も何故か寝られない・・・

氣がつけば、24時間以上、まともに寝ていませんでした。
神経が極度に高ぶっている時は、睡魔もやってこないことを始めて経験しました。

じぶんで選んだことであり、迷いは全くなかったのですが、極度の不眠は、今から始まる「触れる」という“未知の扉”を開けることへの、期待と不安だったのかもしれません。

触れるということ

「触れる」ということが、こんなにも深いものだと初めて知ったのです。
そこには、人間に対する限りない「敬愛」の氣持ちが存在していて、初めて「触れる」ことができるのだと思いました。
その域に達するまでのプロセスは、じぶんと向き合う作業でもありました。

エサレンマッサージの学びは、ただマッサージのスキルを習得するだけのものではありません。

「触れる」ということはどういうことか、相手を「感じる」とはどういうことか、身体を「温める」とはどういうことか・・・ある時は瞑想を通じて、ある時は自由なダンスを通じて、ある時は気功やヨガを通じて、そして実際に相手とのセッションやグループワークを通じて、じぶんの身体感覚を養い、内面を感じていきます。

いよいよ合宿へ

パート1の合宿の後半に入った頃でしょうか。
急にどうしようもない劣等感に襲われ、「触れる」ことが怖くなりました。
相手がどう思っているのか氣になったり、自分だけ取り残されているような氣がして、じぶんが分からなくなってしまったのです。
夜の振り返りの時、氣がつけば涙が溢れていました。
その時にリーダーの女性から言われました。
「あなたは、何故ここにいるの?」
「人のため?」

その言葉は、わたしの不安を払拭してくれました。

その日を境に、わたしはじぶん自身ととことん向き合うことができるようになりました。
それは裏を返せば、相手に対してもちゃんと向き合うことになるのだと。

「じぶんの中心」をしっかり持つこと・・・
「触れる」ことの重み・・・
「触れる」ことを繰り返し行う中で、じぶんの中で、確かに何かが変わっていくのが感じられました。

ロングストローク

エサレンマッサージの特徴の一つに「ロングストローク」があります。
これは、全身を一つに繋ぐ“波のようなストローク”です。
マッサージそのものは、手・足・肩・頭という風に、部分に働きかけていきますが、必ずセッションの中で、何度となくこのロングストロークが入ります。
そのやり方も、同じではありません。もちろん、回数も決まっていませんし、受け手の方の状態によって、やり方を変えていきます。

“ワンネス”としての身体・・・身体は、部分的ではなく、このロングストロークを通じて、
「一つの存在」として働きかけることによって、自然治癒力が引き出されます。

マッサージの手の質

パート2の合宿最終日に、先生やリーダーの施術をすることによって、その評価をもらいました。
仲間以外にフルセッションをするということで、とても緊張しました。
その時、マッサージの途中で、またまた涙が止まらなくなりました。
純粋に、生きている存在そのものが“愛しい”という感情が湧きおこってきたのです。
身体に触れているというよりも、「人間としての存在」を感じた瞬間に、マッサージの手が変わったのだと思います。
「とてもやさしい手になったね」・・・その言葉はどんな評価よりも嬉しかったです。

花巻での合宿は、「触れる」ことの本質とロングストローク、そして「手の質」の大切さを學んだ、とても意義深いものでした。

エサレン研究所へ

エサレンマッサージの最終段階は、いよいよエサレン研究所での合宿です。

ロサンジェルスから、一人小さなプロペラ機に乗りモントレーへ。
(現地で、日本からエサレン研究所にやってくる仲間たちと合流します)
そこで、チャーターバスに相乗りして、海岸沿いの道を揺られること2時間。
自然に囲まれた断崖絶壁に、エサレン研究所はありました。

必要不可欠なアイテム

受付のある売店に行くと、小さいペンライトのようなものがカウンターにあり、買うことを勧められました。
その時は、その理由はわかりませんでしたが、夜になって「そのモノ」の必要性がわかったのです。

一つの大きなドームで、みんなで寝泊まりしました。
食事とお風呂は、坂を超えて畑を抜けたところにあるので、毎回通うことになります。
夜、街頭のない真っ暗な道を歩くので、ライトがないと何も見えません。
そこで活躍するのがその小さなライトだったのです。

月の存在

この時、初めて「月の明かり」の偉大さを実感しました。
月の満ち欠けによって、道を照らす明るさが全く違うのです。
新月の時は、もちろん全く月明かりがないのでライトが手放せません。
逆に満月の時は、ライトがなくても普通に夜道を歩けるのです。

こんな風にして、人間は昔から、自然を感じ、自然の存在に感謝しながら生きてきたのだと、月の明かりは教えてくれました。

グランディング

「グランディング」・・・大地に足をしっかり根付かせること。
平たくいうと「いまを生きる」こと。

エサレンマッサージにおいて、大切なキーワードの一つに「グランディング」があります。
合宿を通じて、このことを、理屈ではなく身体で學んでいきます。
瞑想や気功なども、グランディングを學ための大切なツールですが、最も大切なことは、それを“じぶんの腑に落とす”ことです。
どんなに素晴らしい気功などのワークを受けても、何回瞑想などをしても、その時だけで終わってしまうならば、それは本当の意味でグランディングができていないことになります。

「どんな状態の時でもじぶんの中心を感じる」ことができて初めて、しっかり足が大地につくのでしょう。
そして、大地に足がつくことによって「いまを生きる」ことが実践され、目の前の受けての方と真っすぐに向き合うことができるのです。

必要なメッセージ

そういえば、最終日にちょっとしたプレゼントがありました。
エサレン研究所で心理学を學んでいる方がつくった「カードゲーム」です。

メンバーの人数分だけ、ある文字が書かれたカードが用意されました。
その書いている言葉を裏返しにして、トランプの神経衰弱のように、バラバラに床に置きます。
目を閉じて、しばらくしてから目を開けて、じぶんが「これ」と思ったカードを一枚取ります。それが今のじぶんの必要なメッセージになります。

わたしが引いたカードは「Presence」

そういうことだったのだと、その時とても腑に落ちました。

そのカードは、いまもAngel Sheepに飾っています。
(神戸市垂水区に住んでいた時のお店の屋号)

エサレンの海

エサレンの海を初めてみた時、日本の海との違いを感じました。

日本海のように、時に荒々しく、時にもの悲しく、時に大らかな優しさを感じるのとも何だか違う。瀬戸内海のように、穏やかで温かい感じともちょっと違う・・・

包容力のある大きな海、それでいて繊細な優しさを感じる海。
海の表情の違いに、世界の広さを感じました。

エサレン研究所には、世界各国から心理学やボディーワークや芸術などを學びに多くの人たちが訪れますが、それは、エサレンの海が、異文化を持つ人たちを一つに包み込んでくれるからなのでしょう。
あの独特の「安心感」「安らぎ」の源は、“母なる海”なのだと。

合宿中は、時間があれば海を見ていました。
いろいろなスポットから、いろいろな表情の海を見るのが好きでした。
真下は海という、断崖に位置する露天風呂から眺める夜の海もまた、格別でした。

波とロングストローク

波といえば、エサレンマッサージの特徴の一つである「波のようなロングストローク」
エサレン研究所での最終合宿でも、やはりロングストロークに始まり、ロングストロークに終わったのでした。
エサレンの海を見ながら、受けての方とともに「在る」ロングストロークに、想いを馳せていました。と同時に、「素直なじぶん」であることの大切さを感じました。

こころとからだの繋がり

エサレン合宿のワークを通じて、「身体」と「こころ」が繋がっていることを、様々な角度から体験していきます。

瞑想・・・誘導瞑想といって、リードする人の言葉に沿って、意識をじぶんの「身体」に向けていきます。普段、その部分に痛みや違和感がある時以外は、身体の「部分」一つひとつを意識することはありません。一番印象に残った瞑想は、海の中にじぶんの身を置いて、身体の部分一つひとつを温めていくものでした。
最後は、本当に“くらげ”のように感じ、身体の緊張が取れていました。

ダンス…音楽に合わせて自由に踊ります。またある時は、瞑想のように、身体の部分を感じながら動かしていきます。
人に「見られている」という意識が外れたとき、初めて身体が自由に動き出します。
頭で考えて動くのではなく、身体が感じるままに動くのです。
30分以上踊り続けると、自然と「動く瞑想」状態になります。
これがいわゆる“ヒーリングダンス”だと、後で知りました。

言葉・・・言葉によっても、こころは軽くなります。
人に聴いてもらったり、ただ思いつくままに話しているだけで、随分とすっきりすることは珍しくありません。また、相手の話す言葉によっても、こころは変化します。
対話には、“こころ”の動きが存在し、じぶんの感情を感じながら話したり、相手の言葉に感情が動いたりします。波のような言葉のキャッチボールが、こころの大波を鎮めるのかもしれません。

言葉を超えた対話

合宿最後の日、講師の先生と参加者全員による「分かち合い」の時に、意外なことがあり、新鮮な感動を覚えました。

指導して下さった二人の先生は、もちろんエサレン研究所のアメリカ人です。
リーダーが通訳も務めてくれたので、じぶんの意見をいうのは、日本語でも英語でもどちらでも良かったのですが、その時に先生の一人が言いました。

「〇〇さん、皆さんの言葉を英語に訳さなくてもいいよ。わたしたちが、“感性”で、皆さんの言葉の持つ意味と伝えたい想いを感じとるから」

そう言って、一人ひとりの日本語での感想を、一言ひとこと頷きながら、真剣な眼差しで聴いてくれました。
とっても優しい時間が流れました。

「言葉」の持つチカラが人の心を癒すのも事実ですが、それ以上に、相手に対する「限りない関心」が大切だと、その場は教えてくれました。
言葉の持つ「波動」の交流を、その場にいた全員が感じたのです。

エサレンマインド

最後に、「エサレンマインド」というものがいくつかあります。

いまここに存在すること・呼吸・コンタクト・ポーズ・(身体の)繋がりを構築する・手の質
身体に聴く・ロングストロークなど。

すべてのエッセンスを、受けての身体を感じながらじぶんの中に取り入れ、「唯一無二」のマッサージを創っていくのです。

わたしはこの「柔軟さ」を、とても心地よく感じています。

一人ひとりのご縁ある方との「唯一無二」のマッサージの中で、エサレンマインドを伝え、その時の対話を大切にすること・・・その積み重ねを大切にしていきたいと思います。

“エサレンで学んだもの”・・・それは日常をしっかり生きることによって活かされるものであり、じぶん自身の成長と共に進化するものなのでしょう。

ひつじのお里  ひかみなおみ

注)2019年1月13日  過去の日記からの再掲
2025年8月26日 できるだけ原文を残し加筆修正

(編集後記)
エサレンマッサージ資格取得のためにエサレン研究所へ行ってから、25年の月日が流れました。
最初にブログに書いたのは、多分2002年の帰国後、どのタイミングだったのか・・・
当時のブログを探さないと分からないのですが、まだエサレン研究所の記憶が濃く残っていた時に書いた忘備録は、いま読み返しても、その余韻を行間から感じられます。

拙い表現や言葉使いも、その時の「ありのまま」

トキの流れも感じていただけましたら幸いです。

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