プロフィール

sheepwind

社会福祉士/保育士/ミネラルハートサポーター
易学鑑定士/シンギング・リンセラピスト

兵庫県姫路市出身 1月8日生まれ

ひつじのお里ストーリー

ひつじ

「あなたはどんなストーリーを生きていますか?」

わたしは30代~50代にかけて「人生は小説よりも奇なり」
を地でいくようなストーリーの中で生きていました。
あまりに展開が速すぎて、また日々の暮らしを生きるのに必死で❝じぶん❞がどこに向かているのか、どこに立っているのかさえわからなくなっていた時期もありました。

神戸→京都→岐阜→愛知→京都→三重→姫路
と、2010年~2019年の9年間で10回程引っ越しをしました。
その間、京都ではヴィーガンとグルテンフリーのパン屋を4年半程したり、有機農家さんの手伝いをしたり、また荒れ寺に住み込み掃除ばかりしていたこともあります。
それぞれの土地であまりに多くのことがありすぎて全ては書ききれませんが、
そのときに思ったことは「健康であれば何でもできる」ということです。
そして、その日暮らしで「ない」を経験したことは、その後の人生の大きな礎となりました。

「福祉をボランティアではなく仕事にしたい」

今でいうところのヤングケアラーだったわたしは、中学高校時代はほとんど帰宅部でした。
そんなわたしの心の居場所は長期の休みのときにしていた奉仕活動(ボランティア)でした。
そこで児童養護施設や老人ホームなどの高齢施設へ訪問することで自分の寂しさを埋め、何とか心のバランスをとっていました。
そして大学受験では社会福祉学科を志望していましたが見事に不合格。
この時のくやしさや虚しさがその後の転機につながります。

「もう一度学び直したい」

子ども2人が幼稚園に入ったときに、社会福祉の資格を取りたいという想いが急にあふれてきました。
手始めに保育士の国家資格を受験、合格したことで自信がつき、通信教育課程の社会福祉学科に学士入学しました。
そこで2年間学び、卒業。
やっと「福祉を仕事に」という目標が1つ達成できました。

「布石の一言から始まった当事者人生」

社会福祉の現場実習で児童相談所に行ったとき、最終日に担当ワーカーから言われたことがあります。
「いまのあなたには相談したいと思わない」
このショックな一言は、今思えばその後の波乱の人生を告げる、まさしく❝布石❞だったのです。
卒業と同時に元夫の転勤でアメリカはカリフォルニア州へ渡米。子ども2人を連れて4年半の滞米生活を送りました。そして帰国とともに離婚、それから精神的にも社会的にも福祉の当事者として❝じぶん❞と向き合う日々が続きました。
また、この時期から20年くらいの間にあった経験が、わたしに福祉の心や寄り添い聴く力を与えてくれました。
ちなみに、この20年の中の第2章は「福祉の当事者の家族」としてのストーリーです。それは再婚した夫の自閉症スペクトラム。夫の発達障がいに向き合い、お互いにぶつかりながら特性を理解し受け入れていったプロセスは、その後のスクールソーシャルワーカーという仕事にとても役に立ったのです。

「そして道は続く・・・」

児童、障がい者、高齢者、行政、医療、そして教育に至るまで様々な福祉の分野に携わってきました。
今は発達障がいや不登校の子どもの居場所でソーシャルワーカーとして、親御さんのご相談を受けています。
個人的には社会的養護の必要な子どもの支援もしています。
未来の、そして社会の❝宝物❞である子どもたちはもちろんのこと、親御さんやわたしたち大人が、それぞれの人生のストーリーをじぶん色で彩りながら、❝いまここ❞をしあわせに生きられるよう、伴走者としてお手伝いできれば嬉しく思います。

『あなたとの出合いを心より楽しみに待っています』

「自分に気づいて自分を築く自分インタビュー」もご覧ください

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